精神保健福祉法附則決議に基づく身体拘束
についての要望
私たち全国自立生活センター協議会は、5月13日に厚生労働省に以下の要望書を提出しました。
厚生労働大臣
武見 敬三 殿
2024年5月10日
全国自立生活センター協議会
東京都八王子市明神町4-11-11シルクヒルズ大塚1F
代表 平下耕三
精神障害プロジェクト一同
「精神保健福祉法附則決議に基づく身体拘束についての要望」
私たちは全国120か所にある、障害者の権利擁護と地域での自立生活を実現する「自立生活センター」の集まりです。私たちは障害の種別を問わず、人として尊厳をもって地域で自立生活することをサポートし、地域社会の変革に取り組んでいます。
2022年11月の第210回国会にて精神保健福祉法の改正がされ、身体拘束に関しては衆議院附帯決議で、「隔離・身体的拘束に関する切迫性、非代替性、一時性の要件を明確にするため、関係団体との意見交換の場を設け、厚生労働大臣告示改正を速やかに進めること」と決議され、参議院附帯決議では「隔離・身体拘束の対象が実質的にも限定されるよう必要な措置を講ずること」と決まりました。
現行の精神保健福祉法では身体拘束を許可する要件として「不穏・多動の顕著な場合」とあり、判断基準がとても曖昧で、医師の裁量権がとても大きく、病院間、地域間、医師の資質の差が激しい精神科病院において、患者は常に身体拘束の脅威にさらされ、人権侵害の危機がある状態です。この法律がある限り、患者が「拘束しないでくれ」と主張しても、「不穏・多動がある」と医師が判断すれば法律に基づき隔離、身体拘束が行われます。2024年2月には兵庫県神戸市の精神科病院で7日間の身体拘束後に患者が死亡する事件で遺族が病院を相手どり訴訟を起こしました。保護室の監視カメラには「不穏・多動」の様子は見られないと遺族は主張しています。このように私たち精神障害者の人権・生命・自由が全く軽く扱われてしまいます。
私たち精神障害者はこの法律のために、長い間、不当な身体拘束・隔離に苦しめられてきました。自立生活センターに関わる精神障害当事者も「保護室に隔離された時に医師の診察がなく看護師の判断で隔離された」「保護室から出してほしいと訴えても取り合ってもらえないこともあった」などの声があります。
また近年ではこうした違法性のある身体拘束について各地で裁判も行われています。身体拘束は人としての尊厳を大きく傷つけ自由を奪い、その結果、自己肯定感が大きく傷つけられ、気力を奪われ、長期入院につながることや、退院後も自己の尊厳を取り戻すことに多くの時間がかかり、場合によっては精神科病院への不信感、自殺念慮や再入院につながることもあります。また身体的にも肺塞栓症などを起こし死に至るケースや身体的損傷を受けることがあります。
いうまでもなく病院は本来患者を治療、守る機関であり、法律により病院が人権侵害を行う権限を強く持っていることは決して許されてはならないことです。安易な身体拘束は、病院側の治療体制、看護体制を患者に押し付けるものであり、これは国連の障害者権利委員会による総括所見に真っ向から反する状態です。
また身体拘束をしない治療を進める病院が国内、国外でも存在し、こうした実例が身体拘束によらない治療が非現実的でないことを証明しています。以上のことにより、厚生労働大臣に以下のことを切に要望いたします。
1 2021年10月に名古屋高裁で、2016年に石川県の精神科病院「ときわ病院」での身体拘束で患者が死に至った事件で、このケースの身体拘束が違法であるという判決が出ています。これは「ときわ病院」が特殊なわけではなく、精神科病棟では日常的にある身体拘束の典型的な事例といえます。このように現行の法律では、安易な身体拘束が、患者本人の意向を無視して行われます。国連の障害者権利委員会の総括所見を踏まえ、身体拘束を原則としてなくすために、「身体拘束は原則としてなくすこと」「身体拘束に代わる患者を守る安全な治療法を確立するために、個々の病院で身体拘束ゼロに向けた計画と、海外などの事例研究(オープンダイアローグ等)や研修を行い身体拘束ゼロを現実的実現に向けた具体的な方策を必ず作り実現すること」と厚労省通達を出すこと。
2 告示改正にあたっては障害者団体など当事者団体との意見交換の場を必ず持ち、真に患者の生命、人権を守るための法律とすること。
3 身体拘束は基本的に行なってはならないと告示改正に入れること
理由としては身体拘束は人権を奪う行為で、その多くは医療側の体制不備によるものであり本来あってはならない。また身体拘束を行うことによって、医師・看護師などと患者との信頼関係を壊しその後の治療に大きな影響を与えるものである。患者にとって尊厳を傷つけられることでトラウマや過剰なストレスを生むなど入院時のみならずその後の日常生活に大きな影響を与えるものである。また身体拘束は、医師・看護師など医療側の権力を増大させ、患者との間に意識的・無意識的に支配服従関係を強制的に与えるものである。このことが医療者から患者への虐待へとつながっていく一つの要因となっている。従って基本的に身体拘束は行ってはならない。
4 3が基本的な大きな方針であるが、現状の医療体制では患者の生命、重大な身体的な危険が及ぶ場合で他の代替案がなくやむをえず身体拘束をする場合は、ごく短時間だけ行うようにすること。また「不穏多動」の文言は病院の人員など体制を補うために安易に当てはめることができるので、この文言は廃止すること。
5 やむをえず身体拘束をする場合は「切迫性」「非代替性」「一時性」の3要件をすべて満たすこと、また3要件のうち1つでも要件から外れた場合は速やかに身体拘束を解除すること。
6 身体拘束によらず「代替性」を考える場合、従来の医療よりも柔軟に対応し、当該患者の意思を聞き取るために障害当事者アドボケーター(権利擁護者)によるピアカウンセリングの手法を使った聞き取りや病院訪問を積極的に受け入れること。法学的知識、人権に基づく客観的な判断を行うために弁護士を積極的に受け入れること。通常時よりこれら他職種との連携をとり、急性期での隔離・拘束に変わる代替策を確立すること。
7 上記要件を全て満たし、やむをえず身体拘束等をする場合には本人にわかりやすい十分な説明をし理解を得るとともに、当該患者の話を傾聴し最大限主体的に行える治療環境を整備すること。本人が興奮状態などで十分な説明ができない場合もできる限り丁寧に治療方針を説明し、当該患者の状態が収まり次第、再度担当医から速やかにわかりやすく説明すること。
8 医師を含む医療に関わる全ての職員に対し、身体拘束廃止に向けての研修を年1回以上定期的に行い、人権研修と隔離・拘束に代わる治療を研究・研修し、早急に実施に移すこと。
9 「精神保健福祉法第 21 条第 4 項の厚生労働省令で定める精神科病院の基準」に規定されている通り、行動制限最小化委員会が身体拘束を行う病院で必ず設置され、機能していることを確認するために都道府県は随時調査をすること。特に身体拘束事例の多い病院に対しては状況に応じ3ヶ月に1回など調査を厳正に行うこと。また精神医療のみならず、人権擁護の観点からも、弁護士、人権擁護団体、障害当事者団体の視察を受け入れ制限されることのないように、厚生労働省から告示すること。
10 以上を満たすために、都道府県各自治体は抜き打ちで各精神科病院に実地調査を行うことがあることを明記すること。
以上の項目について、2024年7月30日までに回答を頂けるようお願い致します。
精神保健福祉法附則決議に基づく身体拘束についての要望